市立小樽美術館 市立小樽美術館協力会

KANCHOの部屋

女流三作家のまなざし

 当美術館の開館30周年を記念する特別展の第2弾「女流三作家のまなざし-響きあう色とかたち」展(7月25日-9月22日)が開幕しました。特別展の第1弾「画家たちのパリ」展(5月23日-7月20日)は、小樽はもちろん広く北海道、さらには日本中央画壇の草創期に活躍した長谷川昇、小寺健吉、工藤三郎の小樽出身者を軸に、明治期から大正期にかけてこの3人が雄飛した芸術の都パリに焦点をあてた「エコール・ド・パリ」の作家たちの作品を展示したものでした。
 そこで、続く第2弾もパリにこだわり、パリ遊学を果たした小樽ゆかりの作家という文脈の中で3人の女流作家に登場願うことになりました。油彩 画家のデュボア康子(札幌在住)、マユミ・ウヌマ・リンク(フランス・アルザス在住)と立体作家の平田まどか(札幌在住)の3人です。デュボア康子とマユミ・ウヌマ・リンクの2人は国際結婚した小樽っ子で、平田まどかは祖母が小樽商大でフランス語の教鞭をとっていたという縁があります。また、デュボア康子と平田まどかはパリ国立美術大学に学び、マユミ・ウヌマ・リンクもパリのアカデミージュリアンで学んだ経歴を持つ。デュボア、平田の2人は帰国したが、マユミは1985年からフランスとドイツの国境に近いアルザスに住みつき、ヨーロッパ各地の公募展や個展で活躍、パリSNBAソシエテ・ナショナル・デ・ボザール展会員となっている。
 さて今回の特別展の出品作である。  
 全道展会員で独立展会友でもあるデュボア康子は人物をモチーフとする油彩 の大作11点。「呼吸」シリーズ8点のほか「なにを想う」「風にのって」など力強いタッチで作家の心象風景が見るものに迫る半具象。
 戸外や室内の立体制作が多い平田まどかは「ランチボックス」のタイトルで白を基調とするリノリウムの床面 とウレタンフォームのオブジェ、そして壁面にステンレスワイヤに紙とステンレス製のランチボックス20数個をつるしたオリジナル空間を構成した。
 また、マユミ・ウヌマ・リンクは、鮮烈な赤や黄、青など色彩 豊かな油彩16点を出品。大小自在な作品が壁面を飾り、私はそこにモーツァルトの音を感じてしまう。
 会場は平田まどかを中心に油彩2作家のコーナーがバランスよく仕切られた形となり、鑑賞者がじっくり楽しめる空間になったと自負している。美術愛好者の多数の来場を期待しています。
 一方、当美術館1階を占める常設の中村善策記念ホールは、特別 展「画家たちのパリ」終了とともに復活、個人所蔵者の寄託作品による「中村善策風景画」展が始まりました(10月18日まで)。特別展・開催中は閉鎖していたため「中村善策を見に来たのに…」という苦情もあった“常設”ファンもいることに驚きました。ゴメンナサイ。現在の「風景画」展は、当美術館に個人所蔵者から寄託されて収蔵されている大小27点を展示しました。2階の特別 展・と合わせて楽しんでください。

 

  ここで51日間の会期を終えた開館30周年記念特別展・「画家たちのパリ」についての結果 報告です。期間中の入館者数は5,684人に上り、開館以来2番目の入りを記録しました。昨年の常設化20周年を記念する「中村善策の全貌」展の入りが4,350人だったので、今回5千人を目標としていたのですが、入館料を過去最高の千円としたことなど不安材料もあったのですが、市内の経済人らを中心とする特別 展実行委員会を発足するなど、市民の支援体制が目標のクリアに大きな力になったものと感謝しています。

 また、昨年1年間のアンケート「どちらからいらっしゃいましたか?」調査で、入館者に占める市民の比率が2割5分、つまり4人に1人が小樽市民という実態がわかったため、この比率を「半数は市民に」の目標を掲げていたのですが、これも5割に近い49%に跳ね上がり、大満足という訳です。さらに無料開放としている小中学生の入りが不振だったため、市教委などに学校現場への働きかけを依頼したのが功奏したのか子供たちの声も多く聞かれるようになり、先行きに期待が持てる展覧会になりました。支援者の皆さまに厚くお礼申し上げます。

市立小樽美術館開館30周年記念特別展「画家たちのパリ」展

 小樽市民の熱い視線を浴びながら市立小樽美術館は1979(昭和54)年8月、開館した。それから数えて今年で開館30周年の節目を迎え企画された記念特別展「画家たちのパリ」展のオープニングセレモニーが5月23日午前9時から同美術館1階のエントランスホールで開かれた。この日の開幕を祝って山田勝麿小樽市長をはじめ小樽商工会議所の鎌田力会頭、小樽商科大学の山本眞樹夫学長、道立近代美術館の相馬秋夫館長らも駆けつけ、出席者は総勢百人を超えるかつてないにぎわいのセレモニーとなった。
 まず、主催者を代表して挨拶に立った西條文雪記念特別展実行委員長は多数の出席に感謝を述べるとともに「初めて実行委員会方式による特別展を是非成功させたい。そのために前売券や図録の販売に努めてきたが、なんといっても多くの人々が展覧会を見にきてくれることがカギになるので友人、知人、そして何より子どもたちの入館を呼びかけて欲しい」と力を込めた。続いて来賓の山田市長、同展企画協力の相馬道立近代美術館長、共催の中塚敏明北海道新聞小樽支社長、山本小樽商大学長らが挨拶に立ち、同展の成功を願ってエールをおくった。
この特別展は、小樽の黄金期を築いた明治末期から大正期に、当時の東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科に学んだ後、パリに遊学したともに小樽出身の長谷川昇(1886~1973年)小寺健吉(1887~1977年)工藤三郎(1888~1932年)の3人の画家にスポットを当てた第1部「青春の巴里-小樽の外遊画家たち」と第2部「エコール・ド・パリの画家たち」の2部構成で企画された。第1部は小樽から渡仏した3人が日本洋画壇に残した足跡をたどる内容(出品25点)、そして第2部はこの3人が渡仏した当時、パリで活躍していたユトリロ、シャガール、マリー・ローランサン、キスリング、スーチン、パスキン、アンドレ・ドラン、ヴァン・ドンゲンら11人の画家たちの作品約40点を集め、その頃のパリの雰囲気を味わってもらう狙いである。
 長谷川ら3人が遊学した当時のヨーロッパは第1次世界大戦後から1929年に始まる世界大恐慌までの1920年代の激動期に当たり、芸術の都パリにはあの藤田嗣治らも暮らしている「エコール・ド・パリ」のエポックを築いた時代。この展覧会に触れることで、当時の世界の、そして小樽の歴史に触れてもらうのがもう一つの狙いとなっている。
 相馬道立近代美術館長には、その挨拶の中で「市立小樽美術館ならではの企画であり、内容豊かなもの」と賞讃の言葉を戴いたが、小樽市民はもちろんのこと、札幌近郊をはじめ道内外の多数の美術ファンの来館を期待している。(会期は7月20日まで)。 keiji-pari-top[1]

企画展 小樽風景・個性の響き

 秋恒例の小樽市文化祭が繰り広げられる中、当美術館でも「美術市展」「書道市展「写 真市展/和紙ちぎり絵展」「小樽ユース展」などで賑わいを見せ、ほぼ1カ月間の展覧も幕を閉じた。 この秋は例年になく温暖な日和に恵まれ、訪れる市民も多かったのではないかと思う。
 当美術館で今春から夏にかけて続いた特別展1「中村善策の全貌展」同2「写実の求道者-伊藤正展」は、入館者が過去の記録を更新する7400人を超え、盛会裏に閉幕した。中村善策展では関連企画として市立松ヶ枝中学校の1年生全員が参加する「中村善策の写 生地めぐりとスケッチ」「ワークシートでの美術館学習」「中村善策壁新聞の制作」などが行われた。この一連の行事は同校の「総合学習」としてカリキュラムに組み込まれ、初めてのケースとして、各方面から注目された。k-o-2[1]

 この成果を発表する場として11月1日から1カ月間、常設の中村善策記念ホール(1F)で当美術館が収蔵する善策作品から人気投票で選んだ作品を展示、合わせて生徒たちのスケッチも陳列する運びとなった。後半の半月間には壁新聞も同ホールに張り出すプランだ。この試みは生徒らのアイデアによる同ホールの企画展「見て・聞いて・描いて-私の好きな中村善策展」として実現し、多くの人々に楽しんでもらえるものと期待を寄せている。

k-o-1[1] 一方、2階の展示室では当美術館の企画展「小樽風景-個性の響き」(~2009年1月25日)が開かれている。これは小樽ゆかりの画家9人による風景画展である。「絵になる街」と定評のある小樽の風景を、それぞれの画家の感性と手法を通 じて楽しんでもらう狙いである。出品画家は小樽在住の小川清、冨澤謙、堀忠夫、山下脩馬、羽山雅愉の5人と、小樽出身の木嶋良治(札幌)小平るり子(千葉・習志野)の2人、そして30年以上も小樽に通い運河、街の家並みなどを描き続ける佐藤善勇(東京・八王子、主体美術)と小樽桜陽高校で5年間教鞭をとったことのある輪島進一(函館)の合わせて9人が、いずれも大作ばかり3~5点を出品している。実力派の洋画家による“共演”は見ごたえのあるものと自負している。

 

 ところで、先の中村善策、伊藤正の特別展を通じて実施した来館者の居住地アンケート「どちらからいらっしゃいましたか」調べの結果を紹介します。答えて頂いたのは3,784人に上った。その比率を居住地別に分析した結果は、小樽市内24.8%、札幌市42.7%、上記2市以外の道内16.0%、道外14.9%、国外1.6%。小樽市民の来館者が予想外に少なく、札幌を含めた道内は実に58.7%と、ほぼ6割を占めたのが注目された。道外勢の約15%も観光都市としての小樽の一面を物語る数値といえるだろう。

美術館と教育現場を結ぶ 中村善策展の新たな挑戦

keiji-zen2[1] 商都・小樽が生んだ日本を代表する風景画家、中村善策(1901~1983)の画業をたどる特別展「中村善策の全貌展」(5月24日から7月21日)が当美術館1~2階の全展示室を使用して開かれている。今年は当美術館1階に常設する「中村善策記念ホール」の開設20周年の節目に当たるため記念展として企画された。

 展示された作品はいずれも油彩画で、当館所蔵の41点のほか道立近代美術館や北海道新聞、小樽商科大学など法人企業や個人所蔵の作品も含め、合わせて73点にのぼる内容は、その規模からいってもかつてない見応えのあるものになったと自負している。会場には中村画伯が活躍した一水会、日展などの出品作を中心に「小樽時代の善策」「一水会へ・疎開時代」「画風の展開・信州風景ほか」「北海道風景」「円熟の境地」の5章に柱立てし、生涯の画業の変遷をじっくり見て楽しんでもらう狙いだ。

 同時に中村善策が執筆した「風景画入門」「油絵の描き方」「クレパス画の描き方」などの書籍や、keiji-zen1[1]「風景画の四季」「風景画小品の描き方」「風景画の技法分解」などのタイトルで特集が掲載された往時の美術専門誌「アトリエ」のほか、スケッチ帳、自筆原稿なども陳列している。これらの資料は中村善策の制作意図や内面 生活をしのばせるもので、風景画の第一人者としての存在を裏づけるものといえるだろう。

 

 ところで今回の特別展を機に当美術館は教育現場との連携をめざして新たなプロジェクトに挑戦している。当美術館はかねて小中学生は観覧無料で開放されているが、この年代層の入館者数は今一つ伸び悩みの状態が続いている。そこで市内の各校にその打開策の一つとして「美術鑑賞授業」を働きかけたところ、市立松ケ枝中学校が一学年(一年生全員)の「総合学習(ゆとり教育)」のカリキュラムに取り組むというプログラムに組み込まれたのである。その内容は現場主義を貫いた画伯の足跡をたどる「中村善策の写 生地めぐり」(6月4日実施)で、作品「張碓のカムイコタン」「石狩湾の丘の邑」などの写生地となった張碓や奥沢水源地、鰊御殿のある祝津の3地点を一年生70人余がバスを連ねて訪れ、祝津では実際にスケッチも行った。これらのスケッチは今年11月の1ヵ月間、善策記念ホールに展示する計画である。また、同校では中村善策をテーマに壁新聞の制作に取り組み、こちらは学校祭で展示されるという。
 この企画は初めての美術館と教育現場を結ぶ画期的なチャレンジと受け止めており、その成果を踏まえて次年度からの当美術館定番のプログラムとして定着させたいと期待を膨らませている。育ち盛りの小中学生に小樽が生んだ画家を知って貰い、美術館に親しみ、そしてその美術館を小樽っ子が誇れる存在にしたいと願ってやまないからである。

第61回美術市展を皮切りに文化祭開幕

 芸術文化の秋を彩る第58回小樽市文化祭が9月26日、市立小樽美術館を会場とする第61回美術市展で開幕した。小樽市と同市文化祭実行委員会主催の恒例の文化祭は当美術館のほか市内の産業会館、市民会館、市民センター、生涯学習プラザなどを会場に11月3日まで盆栽展、お茶会、ダンス&バレエフェスティバル、映画会、俳句、短歌、川柳大会など、多彩 なイベントが繰り広げられる。

 当美術館を会場とする市展は市内唯一の公募展で、その年輪は文化祭を回る伝統を誇る。当美術館2階と3階の市民ギャラリーを開放、一般入選作93点と市展委員の作品58点の合わせて151点が会場を埋め尽くした。
 2階ホールは一般入選作を中心に油彩31点、水彩32点、パステル、彫刻各1点、工芸26点が並んだ。市展賞をはじめ市長賞、教育長賞など受賞作がこのホールに陳列され、見ごたえのある展覧となっている。
 一方、3階ギャラリーは委員の作品を集中的に飾られ、水彩 15点、日本画10点、油彩28点、版画7点の構成。いずれも実力派の作品だけに落ち着いた雰囲気が楽しめる。

 美術市展の会期は10月7日までだが、当美術館ではこのあと書道市展(10月10日~14日)写真市展・和紙ちぎり絵点(10月17日~21日)高校生作品による小樽ユース展(10月24日~28日)が開かれる。入場料無料。

 なお、上記期間中、当館1階常設の中村善策ホールでは「中村善策の軌跡 素描・パステルの魅力とともに」のタイトルで、素描・パステル作品21点が、油彩 17点とともに陳列されている。こちらは有料(200円)。

『抽象と具象』の世界展

keiji-tt-28[1] 当美術館の企画による特別展「高橋好子/冨澤謙展」が7月28日のオープニングセレモニーで開幕した。小樽の夏の一大イベント「潮まつり」中日のこの日朝はあいにくの雨模様となったが、開幕式には高橋、冨澤両画家をはじめ小樽市教委、北海道新聞小樽支社など関係機関のほか美術愛好者らほぼ80人が出席、同特別展のスタートを祝福した。

 この特別展は昨年から当美術館が取り組む「小樽美術家の現在」第2弾。小樽在住の現役作家を取り上げ、その制作の軌跡と近作を陳列、紹介するのが狙いだ。今回は両画家の作品各25点が壁面を飾っている。

 高橋好子は今年80歳の傘寿を迎えた油彩画家。画歴は60年を重ね、具象-非具象-抽象画という特異な道keiji-tt-1[1]のりを刻んできた。人間の生死に寄せる関心は古寺・古仏を訪ねる仏教への帰依、さらには「空」をテーマとする制作に向かう。これらの作品群は、洋画のジャンルにありながら“東洋の精神”を感じさせる。

 冨澤謙は小樽出身の画家の伝統ともいえる油彩風景画を追い続けてきた一人である。小樽港、運河、祝津、街並みなどを画題に100号の大作が並んだ。確かなデッサン力に裏打ちされた画面は豊かな色彩感にあふれ、ヨーロッパはイタリア、シチリアなど地中海へとロマンは広がって今年73歳という年齢を感じさせない。

 ともに小樽に生まれ育ち、keiji-tt-2[1]教職の道を勤め上げた両画家の制作意欲は衰えを知らない。見ごたえのある展覧会になったと自負している。 なお、中村善策記念ホール(1階)は、「中村善策の軌跡 素描・パステルの魅力とともに」と銘打ち、油彩17点のほか素描・パステル21点を展示している。

没後20年 森本三郎展/追悼 森本光子展

  当美術館の特別 展「没後20年 森本三郎展」(5月26日~7月1日)に続く「追悼 森本光子展」が5日、開幕しました。この特別展は計画当初、森本三郎没後20年の節目を迎え、三郎ひとりに的を絞ってその画業を紹介する予定で準備作業に取り組んでいたのですが、昨年の8月初旬、やはり画家だった森本光子夫人が急逝したため、路線修正を迫られることになりました。生前の夫妻は、小樽はもちろん札幌、東京での二人展を年中行事化していたことで知られており、お二人がともに天国に召されたからには三郎展だけではファンに納得されまいと考えたのでした。
 しかし、限られた壁面の当美術館で二人の作品展を同時開催するとなれば展示する作品も限られてしまいます。そこで特別展としては異例の会期分断を決意、前期を三郎展、後期を光子展としてこれをワン・セットとする展覧会が実現することになりました。
 今回の特別展を機に地元の小樽商大生が「小樽芸術文化ルネッサンス研究会」を立ち上げ、ヤングパワーによる協力な支援活動に取り組んでくれています。お陰さまで前期の三郎展の入場者数はこれまでの実績の二倍を越える記録となりました。
 続く光子展は人物、人形、静物画など油彩78点が並びました。また、発行された著書ほか、遺品も陳列されています。夫妻の作品を網羅した豪華な二人の合体画集も「お買い得」と好評をいただいております。
 三郎展の盛会ぶりが光子展にも押し寄せるよう祈っているところです。

『イチハラ・ファンタジー』を楽しんで

keiji-ichi1[1] 2007年の幕開けを飾る当館の企画展「一原有徳(いちはらありのり)・版の魔力 96歳のドローイングとともに」(1月27日~5月20日)が始まりました。当館脇を通 る旧国鉄手宮線跡地の軌道では、これも開幕間近の「第9回小樽雪あかりの路」イベント(2月9日~18日)の準備作業が進んでおり、祭り好きの小樽っ子はスノーキャンドルやらアイスキャンドルやら、さまざまの工夫をこらした灯の制作に余念がない。この期間に当館も9日から18日まで館内の吹き抜けを多色にライトアップ、イベントの盛り上げにひと役買おうとしています。
 さて、本題の「一原有徳」展です。
 一原有徳という存在をひと言で表現すれば「小樽が産んだ国際的版画家」となるでしょう。版画といえば木版、石版(リトグラフ)銅版(エッチング)シルクスクリーンなどがよく知られる作品ですが、一原の場合、この“常識”からどんどん飛躍して、独自の「イチハラ・ワールド」あるいは「イチハラ・ファンタジー」とも言える作品群を創出してきました。
 直径50センチほど、高さ3メートルの円柱にモノタイプ版を巻きつけた作品はトーテムポールでしょうか。壁面 をおおう白黒モノトーン大型組版は大都市の喧騒か。スチール版をアセチレンバーナーで焼き込んだというブランディング技法の作品。さらにはバイクのチェーン、歯車の真空間、トランジスタラジオの配線パネル、ボールベアリング、モーター、時計の文字盤など、手当たり次第と思えるほどの部品類を組み合わせた作品も見られます。どんな素材も作品にしてしまう旺盛な創作意欲には驚かされるばかりです。
 そのタイトルは「H96-2」「COM ZON」など、アルファベットと数字が並び、単なる記号のようで、意味を読みとること不能です。「作品は作家の手を離れるとひとり歩きするもの」と言われますが「イチハラ・ファンタジー」は、まさにその典型でしょう。
 96歳の高齢ながら、最近は絵具を紙に垂らす技法(ドローイング)で制作活動は衰えていません。ただ、高齢による体力の衰えには勝てず外出は見合わせており、残念ながら今回の展覧会場に姿を見せることはかないません。
 ともあれ、小樽が産んだ偉才による「イチハラ・ワールド」を多くの美術ファンに楽しんでいただきたいと念じています。
 また、この機会に世田谷美術館長である酒井忠康氏の講演会「幻影の“版”に生きる96歳の一原有徳」(3月17日、当館第1研修室)を計画しており、多数の聴講を来たいしています。
 一方、常設展の中村善策ホールでは「中村善策-水面の詩情」と題して、収蔵作品の中から20点を展示していおり、一原有徳展と合わせてご観覧ください。 keiji-ichi2[1]

小樽 美術家の現在シリーズ1 小川清/鈴木吾郎展

op-2[1] 8月に入って北国のマチ小樽も暑い夏の日が続いています。今年で40回目の年輪を刻んだ真夏の一大イベント小樽潮まつり(7月28日~30日)が例年にない盛り上がりをみせ、その熱気が連日の猛暑を誘ったのかも知れません。
  市民の憩いの場を自認する市立小樽美術館では「北海道 海のある風景 山のある風景」展に続く今年度の特別 展第2弾となる「小樽 美術家の現在」シリーズ1として画家小川清と彫刻家鈴木吾郎の2人展(7月29日~9月18日)が開かれています。この企画展は小樽在住の現役の作家を2人展形式で今後5年間のシリーズで紹介していこういう狙いで、今回はその第1弾というわけです。
 1934年小樽生まれの小川清は、愛着の深い地元小樽の風景を描き続ける油彩 画家です。みなと小樽の運河、坂道、路地、古い屋根の続く眺望などをモチーフに、茶色を主体とした作品をあくこともなく制作してきました。道展、創元会展などへ出品、道展協会賞受賞後は中村善策の誘いで一水会展に出品し、数々の受賞を経て同会会員になった(1989年退会)経歴の持ち主です。歴史を重ねた小樽の街をくまなく歩くことで見つけ直し、独自の風景画のありようを確立した作家です。また、市民に親しまれるタウン誌「月刊おたる」の表紙画を担当して450点を超え、小樽の魅力を伝え続けています。
op-1[1]  今回は1964年(昭和39年)製作の「ガード横丁」から2005年製作の「休日の漁港」まで40年余の画業を、年代を追って選び抜いた油彩 27点と、同時にスケッチや「月刊おたる」も展示しました。「小樽運河」「中央埠頭」「船見坂」「荒巻山」「崖の建物」など、小樽っ子にとってはおなじみの季節折々の風景がしっかりとした情感とともに楽しめる展覧となりました。

  一方、1939年芦別生まれの鈴木吾郎は道立札幌西高校から北海道学芸大学(現北海道教育大)札幌分校特設美術科に進み、藤川叢三に師事、1960年から道展を主舞台に活躍する作家です。人体像の彫塑作品を制作し続ける鈴木は、これまで全道各地に50基を超えるモニュマンを残す作家ですが、教職の身で道内を転々、1980年代の道立小樽潮陵高校勤務の縁で小樽に居を定めました。その後、母校の道立 札幌西高校美術教諭の最後に1995年に教職を離れ、彫刻製作に専念する生活に入りました。
  今回は1970年代から2005年までに製作したブロンズ、FRP(合成樹脂)テラコッタ(素焼き)などの作品42点と、デッサン10点並びましたが、中でも最近作の健康的で柔和なテラコッタの女性像の魅力が見どころかと思われます。 ともに居を定めることで小樽にこだわる2人ですが、その2人の作家のあり方は作品製作の上で対照的に見えます。というのも、そのモチーフが1人は風景にこだわり、そしてもう1人は人物にこだわるという対照性がこの展覧会を興味深いものにしていると思うのです。
  小川清の作品群は風景画といっても海、山などの自然ではなく、港、運河、工場、市場、家並み、坂道など人間の営為としての構築物であり、人物はほとんど登場しません。かわって鈴木吾郎の作品群は人物の微妙な表情や姿態、しぐさにただよう情感の追求がテーマと思われ、その2人のコントラストがこの展覧を豊かなものにしていると思うのです。
  合わせて当館常設の中村善策、その軌跡「季節を描く」は、1914年製作の「海景」から1980年製作の「雪もよい」まで21点が壁面を飾っています。小川清展と見比べてみるのも一興かとおすすめします。

北海道・海のある風景/山のある風景

 観光、行楽シーズンも本格化し、小樽の街にも観光客の姿がめっきり目につくようになりました。その季節に呼応すべく当美術館の今年の特別 展第一弾「北海道 海のある風景 山のある風景」展(6月3日-7月23日)が開幕しました。先頃、北海道新聞社が刊行した同名の画集二冊から選りすぐった作家30人の作品49点を集めた展覧会です。
  海、山に囲まれ、天然の良港を持つ小樽は画家達には恰好の風景画の画題に恵まれ、多くの作品を生んできた歴史と伝統があります。運河や船の浮かぶ港、坂のある街並みや古い建造物、そして周辺の自然景観など、絵心を限りなく触発する小樽で、風景を文脈にとらえた企画展の開催は極めて自然な流れといえるでしょう。
  集めた作家の名を挙げてみると、油彩作品30点の中には林竹治郎、工藤三郎、木田金次郎、中村善策、田中忠雄、田辺三重松、国松登、小川原脩、小竹義夫、伊藤正、小谷博貞ら北海道を代表する物故作家らが名を連ね、さらに片岡球子の「羊蹄山の秋色」、北上聖牛の「はなれ国の初夏」、川井坦の「昆布とりの島・雨」などの日本画、そして北岡文雄、金子誠治、阿部貞夫らの木版画など、見ごたえのある内容になったと自負しています。
  作品群は、道立近代美術館、小川原脩記念美術館、木田金次郎美術館、財団法人荒井記念美術館などのご協力を頂き、貴重な作品を借り受けて実現したものです。道内各地に画題を求めた作家たちの鋭い感性を是非堪能して欲しいと願っているところです。
  また、この特別展と同時に、常設の中村善策展も収蔵作品を掛け替え「中村善策・その軌跡」シリーズの「季節を描く」として20点を陳列しました。合わせて楽しんでください。

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