初夢:恐竜と美術館・博物館
子供の頃から好きだったもののひとつが恐竜である。恐竜の図鑑を読み込んで、名前や特徴、生きていた地質年代などを覚えていた。映画では、「キングコング」(1933年制作 多数の恐竜が登場する)、「失われた世界」(初映画化は1925年、コナン・ドイル原作1912年)、「地底旅行」(初映画化は1959年、ジュール・ヴェルヌ原作1864年)などがテレビで放送されるたびに繰り返し見ていた。これらSFの原作を集中的に読んだ時期もある。何しろ50年以上も前のことであるから、CGを駆使した「ジュラシック・パーク」(マイケル・クライトン原作1990年、1993年映画化)のような映画が作られるなど想像もできなかった。また、この恐竜趣味と一部重複したのがゴジラ趣味であった。
ところで、その頃の古い図鑑に紹介されていた恐竜の特徴は、爬虫類であり、大きいが鈍重で、知能も低いというものであった。絵に描かれている恐竜はいずれも尻尾を地面に引きずり、足も胴体も太くていかにも動きが遅そうだった。これらの絵や解説は何となく子供心に不満だった。後から思うにこうした考え方は、人類があらゆる生物の中で最も優れており、人類の属する哺乳類は爬虫類である恐竜よりも優性であるという固定観念がまとわりついていたのではないかと思う。特に先進国における大勢として、人類は万物の霊長であり、最も優れていて自然を意のままにできる、という増長した気恥ずかしくなるような万能思想が背後にあったと思われる。
恐竜に関する研究は、この50年間に飛躍的に進歩した。絶滅の原因や生態の復元に説得力のある仮説が次々と立てられている。中でも、そうした仮説の嚆矢となった、恐竜は活動的(恒温動物説)で社会性もあり知能も高いとするR・バッカー(アメリカの恐竜学者)の『恐竜異説』(1986)を読んで驚き、さらに鳥類は恐竜の進化したものであるという考え方が出たのには驚愕した。ニワトリは恐竜の子孫なのである。これらの説は、人類万能という思考回路が近年になってかなり変質し、自然に対して少し謙虚になったのと関連しているのではないかと思う。調べれば調べるほど未知の発見が多く人類にも示唆するところがあるのが古生物学のようである。
ところで、何を書きたいのかというと、『恐竜異説』を読んだとき、これならば恐竜を主人公にした小説を書く人が出る、と無能な人類である私は思ったのである。ところが、バッカー本人が既にそれを書いていた。しかも面白い。さすがである。もうひとつあるが、美術館での展覧会、これも実現可能だろう・・・というのは、恐竜の復元は、羽毛がある種類もいるので極彩色のものもいたのではないか、象の鼻やトサカのように化石になりにくい部分があるのでそれを想像して補うとどうなるか、子供と大人では体の模様が違っていた可能性があり、雄と雌にも違いがあり発情期には体の色が赤くなったり青くなったりしたのではないか・・・・などと延々と想像してしまうからである。なにしろ恐竜は美しい羽を持つ鳥の先祖なのだから。CG、造形、絵などを手がける恐竜アーティストは多数いるのでアートとして美術館で紹介することが出来る。SF文学や恐竜の表現の変遷や映像史を紹介し、当時の生息環境を再現し、トリッキーな要素を加え、恐竜を取り入れたデザインやおもちゃを紹介し、パフォーマンスやインスタレーションで現代美術家も加わる、というものである。いわば美術を含む「博物」を総合した恐竜展である。私が思い付くくらいだから、既にいくつかの展覧会は開催されているかもしれない。しかし、美術館と博物館の恐竜好きな学芸員や研究者が本気で協力し合えば、本格的なものが出来上がるだろうと思う。
恐竜は科学博物館や自然史博物館の枠内で紹介されてきたものである。それに美術館が加わったらどんなものが出来るか見てみたいものだ。近年の恐竜映画は面白いが、多くの場合、科学的知見が生かされているとはいえ、メインストーリーは恐竜と人間の追い駆けっこか恐竜同士の戦いのドタバタ劇に終わっている。もっと自然で多様な恐竜の姿を想像し考えてみたい欲求に駆られる。
本来ならば科学と芸術は友人であり、協働すれば面白いものが出来る。しかし、現実には美術館と博物館の間の専門的、心理的距離は意外に遠く、接触する機会も少ない。博物館は物(化石、標本、道具など具体的なもの)が語る事実を知り、歴史、民族、自然、技術などについての理解を深めるためにあるが、美術館は物(芸術作品)を通じた鑑賞というところに主眼が置かれる。両者に物を集め保存するという共通点はあるが、「鑑賞」には博物館的な考え方でフォローできない抽象的で情緒的なところがある。恐竜に限らず、両者の協力が簡単に実現しないのは残念である。そこには展覧会の大きな発展性と可能性があるのではないか?・・・だが、もし企画するとして、予算は十分だろうか!・・・夢から現実に戻れば恐竜と美術館の距離は実に遠い。
新明 英仁